シラス台地が、育て、磨く。
南九州が芋焼酎の一大産地となった理由に迫る。
大正5年。今から100年以上前、霧島酒造はその長い歴史の一歩を歩みだし、代々焼酎を造り続けてきた。
しかしその焼酎造りは、さらに長い歳月をかけ自然が生み出した“土台”に支えられていることをご存知だろうか。
ここ都城の暮らしや食文化、そして焼酎造りそのものを形作ってきたシラス台地である。
都城を含むここ南九州は、火山とともに生きてきた土地である。
周辺には多くの火山が分布し、その山々が噴火するたびに火砕流や火山灰で南九州一体が埋め尽くされてきた。2万9千年前に起きた姶良大噴火は、その灰が関東まで届いたと言われている。こうして何万年も前から幾重にも積み重なった堆積物は、シラス台地としてこの土地特有の地質となった。
火山はこの土地で暮らす人々にとって、大きな脅威だっただろう。さらにそれにより形成されたシラス台地も、保水性がなく栄養がほとんどないため、稲作には不向きだった。
「不毛の大地」
南九州は長い間そう呼ばれ続けてきた。
そんな土地を「恵みの土地」に変えたのが、芋焼酎に欠かせない原料のさつまいもだ。
さつまいもは水はけがよい土壌を好み、栄養が多すぎると十分に育たない。それまでシラス台地の欠点とされていた特徴がすべて好条件になる作物だった。
そのため、南九州はさつまいもの一大産地となったのである。
シラス台地がもたらす恵みは、さつまいもだけではない。
霧島焼酎に使用している霧島裂罅水(キリシマレッカスイ)もまたそのひとつだ。
霧島山と鰐塚山に囲まれている都城盆地は、その地下に豊富な地下水を蓄えている。山々に降り注いだ雨は、シラス台地の層に流れこむ。シラス台地はシラス層や火山灰土壌、粘土層などで形成されており、その“天然のろ過装置”を何年もの歳月をかけて雨水が通ることで、不純物が取り除かれ、ほどよいミネラルを含んだ水となる。
「口当たりが良く、味も主張しすぎない水。焼酎の仕込水にこれほど最適な水はない」
霧島裂罅水を掘り当てたのは、2代目社長の江夏順吉だった。苦労して掘り当てた水が、これほどまでに焼酎に適した水だと分かったときの順吉の喜びは、まさに地下水が岩盤から地上に吹き出すような勢いだったに違いない。
焼酎造り以外にも、霧島酒造では様々なところにシラスを活用している。
焼酎の工場見学施設『KIRISHIMA WALK FACTORY』のジオタワーでは、シラスを材料に使った左官アートを設け、見学にきたお客様を目でも楽しませている。
シラスが醸し出す柔らかでどこか温かみのある風合いは、都城の豊かで温かな自然を感じられる空間を作り出している。
また、 “芋焼酎のふるさと、霧島”をテーマとした『霧の蔵ミュージアム』では、入口を入ってすぐにシラス台地の巨大な地形模型が出迎えてくれる。火山活動によって形成されてきた南九州全体や都城盆地の地形を立体的なジオラマで一望すれば、地形の起伏の多さや、シラス台地の広がりを体感できるだろう。
さらに奥に進むと、実物を用いたシラスの標本が並ぶ。シラスという名称は「白い砂」が由来とも言われており、その名前から想像できる通りの見た目をしている。白くて軽い火山灰質の粒子、ガラス質の細かな砂、軽石の破片。なぜシラス台地が“天然のろ過装置”と呼ばれているのか。本物を見て、触れて、つぶさに観察すれば、その理由がよく理解できるはずだ。
また、焼酎の原料である霧島裂罅水やさつまいもについても、シラス台地を中心とした視点から、良質な水や芋が育まれる仕組みを、体系的に学ぶことができる。
私たちが造る焼酎は、私たちの手だけで造られているわけではない。
途方もなく遠い過去から続く、自然が起こした奇跡と、そこで生きてきた人々の軌跡。その連なりと、今を生きる私たちの精一杯が、今日の味わいをつくっているのだ。
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